生楽器の打ち込みをする上で最も難しいのが、弦楽器のソロだと思っています。
特にヴァイオリン、チェロ、ギターはよく使われがちな楽器でありながら、作り手の打ち込み技術が試される難しい楽器でもありますね。ただし演奏者人口も多いため、素直に生演奏に差し替えた方が手っ取り早いのは内緒。
“Joshua Bell Violin”は、そんな難しいヴァイオリンを手軽に、かつリアルに打ち込むことのできる非常に優れたソロ・ヴァイオリン音源です。
詳しく見ていきましょう。
レビュー
全般
Embertoneといえば、昔からソロ弦音源シリーズが有名でした。”Friedlander Violin” “Fischer Viola” “Blakus Cello” “Leonid Bass”の4製品ですね。最近ではバンドル化して”Intimate Strings Solo Bundle (ISS)”として購入もできます(8Dioにも非常に似た名前の音源がありますが、関係ないと思われます)。
これらはリアルなソロ弦を打ち込みたいならほぼ必ず候補に挙がるほど、今でもなお優れた音源として知られています。しかしながら、「細かいところまで追求できる代わりに、打ち込みに非常に手間がかかる」という欠点を持っていました。ベタ打ちを前提として作られてはいなかったんですね。
そんな中、2017年に現れた新しいヴァイオリン音源が、今回レビューする”Joshua Bell Violin”です。この音源は以前のISSよりも演奏性、操作性ともにレベルアップしており、ベタ打ちでもまあまあ良い感じに鳴ってくれます。その代わりに細かくエディットできなくなったのかといえばそんなこともなく、単純にアーティキュレーション選択アルゴリズムが優秀なだけっぽいです。ちなみにこのアルゴリズムはほぼ無効にすることもできます(後述)。
音について
この音源の元データを演奏しているのは、ジョシュア・ベルというアメリカのヴァイオリニストです。かなり有名な方なのでご存じの方も多いと思いますが、繊細かつ非常に美しい演奏で「ヴァイオリンの詩人 (Poet of the Violin)」とも呼ばれていたりします。
音源の音色も彼の特徴をよく表しており、低音から高音まで若干細いながらも美しい音色を聞かせてくれます。
これはまさかの本人vs音源のデュエットです。動画を見ずに音だけ聞いてたらどっちのパートが音源か分からなくなってしまいそうですね。
これは私が過去に制作した「僕の戦争(オーケストラアレンジ)」から抜粋したものです。このヴァイオリンソロに”Joshua Bell Violin”を使用しています。
私自身まだこの音源を使いこなせているとは思っていないのですが、それでもかなり説得力のあるソロが打ち込めたと自負しております。YouTubeのコメントでもこの部分を称賛していただけることが多く、嬉しかったですね。
設定項目
設定項目はかなり多く、ほとんどの挙動を制御することが可能です。デフォルトのままでも大丈夫ですが、作りこむなら弄れるようになった方がいいでしょう。
ここではトーンコントロールとリバーブの種類を選べます。これによって音源内で音作りを完結させてもいいのですが、外部でEQとリバーブをかけた方が自由度は高いです。
音を完全に生の状態にする場合、トーンはNatural、左下のリバーブつまみを0にすればOKです。
Intuitionというとあまり馴染みのない単語ですが、要はヒューマナイザーです。ベタ打ちでもそれっぽくなる理由がこの機能にあります。
- レガート時の弓の挙動
- ヴィブラート・ノンヴィブラート切り替え
- ゆっくりしたレガート時のポルタメント
- 細かな音の強弱
- アタックのピッチ不安定化
- 早いフレーズでのアタックのピッチ不安定化
- 離れた音を演奏する際のピッチ不安定化
- 重音演奏時の各音のタイミング
以上の項目を確率によって自動化することができます。
便利といえば便利な機能なのですが、今流行りのAIベースではないため、どうしても意図しない挙動が発生して不自然になりがちなのが残念なところです。
そういうのが嫌いで全部自分で制御したいという方は全部オフにしてもいいと思います。
ただし、下4つ(’Attack Pitch Instability’ ~ ‘Multi-Stop Attacks’)は一考の余地がありますので、買われた方は一通り試してみることをおすすめします。
ここが一番の難解設定項目で、ほぼ全ての挙動制御トリガーを指定することができます。理解してしまえば自分がやりやすいように変更できるのですが、かなり設定項目が多いので至難の業です。
Embertoneもここの難解さは理解しているようで、ご丁寧にリセットボタンも用意されているうえ、説明書には「分からなくなったら深呼吸してカモミールティーを淹れよう!」とか書いてあります。
無理せず、ひとまず最初のうちはプリセットのままが無難だと思います。
欠点
実は、結構痛いデメリットがひとつ存在します。この音源、ヴィブラート制御に限界があるのです。
これはどういうことかというと、デフォルト設定ではCC#1が50%以上の時に「実際に演奏されたヴィブラート・サンプル」、50%以下の時に「ノンヴィブラート・サンプル+シミュレートヴィブラート」がトリガーするのですが、これらはクロスフェードしたりせず、サンプル開始時のCC#1の値によって固定されてしまうのです。つまり、「ノンヴィブラートからクレッシェンドしつつナチュラルなヴィブラートをかける」といったことが不可能なんですよ。
この仕様がなかなか厄介で、完璧にリアルな演奏を再現しようとするとどうしても超えられない壁を感じてしまいます。シミュレートヴィブラートがもっと自然だったらよかったんですけどね……。
また、ベタ打ちでもまあまあ良い感じとは書いたものの、結局それは60点くらいの演奏だったりします(フレーズにもよりますが)。特にアタックが強めにほしいメロなんかだと厳しい傾向があります。
ただこれはちゃんと調整すればいいだけなので、そこまでの欠点とは思っていません。ベタ打ちで80点くらい鳴ってくれる音源をお探しなら”Bohemian Violin”の方がおすすめです。
試聴
おわりに
定価は$199。
音質や機能性など全てにおいてレベルが高く、現状のソロヴァイオリン音源の中でも最高クラスの音源だと思います。正直これと”SWAM Violin”と”Bohemian Violin”持ってたら他はいらないのでは?ってくらいにはおすすめです。
Embertoneはちょいマイナー寄りなメーカーですが、他にもいろいろと使える音源を出していますので、興味ある方はぜひ一度見てみてください。